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便失禁ってなに?
通勤時、いきなり便意をもよおしたが電車の中、脂汗をにじませながら必死に我慢し、ホームへ着いたらトイレへ一直線に走ったものの間に合わずに下着を汚してしまった……。生理現象とはいえ、便の失禁はたった一度だけだとしても自尊心が深く傷付けられ、場合によってはトラウマにもなりかねません。そのように日常生活への影響が非常に大きい排便の悩みですが、対処すべき疾患として取り上げられることはこれまでほとんどありませんでした。それでも有志が動き続けた結果、2017年の3月には「便失禁ガイドライン」が発行され、状況が少しずつ変化しつつあります
便失禁は珍しい病気ではない
「無意識または自分の意思に反して便が漏れ出てしまう症状」が便失禁の定義です。まだトレイもおぼつかない小さな子供だけのように思われがちな一方、65歳以上の方の6%から8%も患っており、大人としても決して珍しいものではありません。総務省の統計によると2018年時点で日本国内には65歳以上の方が約3,557万人いるとされているので、単純計算で213万人から284万人の方々が便失禁を患っていることになります。
国民病とも呼ぶにふさわしい便失禁ですが、それを診療できる機関は多くありません。「便失禁ガイドライン」の作成に関わり、東京山手メディカルセンターの大腸・肛門科にて部長を務める山名哲郎氏もこの状況を問題視しており、大腸や肛門の専門医以外でも便失禁に診療を適切に行えるようにしたいという想いのもとガイドラインを作成したと述べられています。
便失禁の原因は加齢以外ではない
便失禁は大きく分けて3種類、本人が気づかないうちに便が漏れ出てしまう「漏出性便失禁」・我慢しようとしてもこらえきれずに漏れ出てしまう「切迫性便失禁」・漏出性と切迫性が合わさった「混合性便失禁」に分けられます。3種類の中で最も多いのが漏出性便失禁です。これは、加齢による肛門括約筋の機能低下、または直腸の感覚減衰が漏出性便失禁の主な原因だからであり、実際に患者は高齢者が多いです。しかし便失禁の原因は加齢だけでなく多種多様に存在し、よって高齢者以外でも患う可能性があります。そのため、便失禁の原因にはどういったものがあるのかを把握しておくことが非常に重要です。
腸の病気
慢性的な下痢が症状である過敏性腸症候群や炎症性腸疾患、または直腸が肛門の外へと飛び出してしまう直腸脱や肛門内部にできた腫瘍などが原因となり、便失禁も患ってしまうことがあります。総理としての連続在職日数が歴代最長になりながらも、その直後である2020年8月28日に辞意を表明した安倍晋三氏は、首相の座を退く原因となった潰瘍性大腸炎に長く悩まされていることで知られていますが、この病気に関しても患者の約3割が便失禁も患っていることが調査にて判明しています。
大腸手術の後遺症
近年、日本人の大腸がん患者数が増加しています。これは、戦後になり日本人の食生活が欧米化し、脂肪分が多い食事を多く摂るようになったからと考えられています。実際、戦前の日本人が患うのは胃がんが多く、大腸がんは欧米人が多く罹るものでした。
直腸がんの手術は肛門を残すかどうかで「括約筋温存手術」と「直腸切断術」に分けられます。肛門の摘出、つまり直腸切断術を選んだ場合は従来の肛門は封鎖され、腹部へ新たに人工肛門を作ります。一方、肛門を残したとしても以前と同じように動くとは限らず、手術の影響で便失禁を起こしてしまうことも珍しくありません。
出産の後遺症
女性は膣と肛門の距離が短いため、出産の際に膣と直腸の間が裂けてしまうことが少なくありません。会陰と呼ばれるこの部位の損傷がひどいと肛門括約筋も切れ、さらに肛門内部や直腸の粘膜まで傷付き、出産後に便失禁を患ってしまうことがあります。
また、出産の際に骨盤の神経が引っ張られ、それにより麻痺が生じ、便が漏れやすくなるケースも存在します。
痔の手術の後遺症
日本人の3人に1人は患っていると言われるほどに、痔は日本人にとって非常に身近な病気です。その痔にはいぼが肛門にできる痔核・肛門が切れて出血する裂肛、肛門の脇に穴が空いてしまう痔瘻の三種類が挙げられます。このうち痔瘻は手術が複雑で、肛門括約筋を傷付けてしまうことが少なくなく、結果として痔は治ったが新たに便失禁が起きてしまうことがあります。
脊椎の損傷
交通事故、または手術の後遺症などによって脊椎が損傷した場合、それが原因で神経が麻痺し便失禁へつながることがあります。
糖尿病・脳梗塞・認知症
疾患の症状、またはその後遺症により、排便に関係する神経に障害が出て、便失禁が起こってしまうことがあります。
便失禁は薬での改善が可能です
初期の便失禁にはポリカルボフィルカルシウムという薬が有効です。軟便あるいはコロコロとした便は排便しても肛門や直腸に残りやすく、漏出性便失禁を患っている方はこの残留した便を漏らしがちです。しかしポリカルボフィルカルシウム薬は便の中の水分を吸収し、便同士をまとめてくれるため、便の形が安定して漏れにくくなるだけでなく、排便時に残留しにくくなります。
便失禁スコアContinencd Grading Scale(Wexner’s score)
便失禁かも?と思ったら、スコアを付けてみましょう。
HIFU前には○を、HIFU後には○をつけてみましょう。
1,どれくらいの頻度で便が漏れますか?(表内に○をチェック)
なし | 月1回以下 | 月1回以上 月1回以下 |
週1回以上 | 毎日 | |
固定便の漏れ | |||||
液体便の漏れ | |||||
ガスの漏れ | |||||
下着が汚れる | |||||
生活が制限される |
2,あなたはどれくらいの量の便もれがあると思いますか?
(あてものを使う使わないにかかわらず、通常はどれくらいの便の漏れがありますか?)
□なし
□少量
□中等量
□多量
3,全体として、あなたの毎日の生活は便もれのためにどれくらいそこなわれていますか?
0 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10
まったくない 非常に
4,どんな時に便が漏れますか?(あなたにあてはまるものすべてをチェックしてください)
□なし:便もれはない
□トイレにたどりつく前に漏れる
□咳やくしゃみをした時に漏れる
□眠っている間に漏れる
□体を動かしている時や運動している時に漏れる
□排便を終えて服を着た時に漏れる
□理由がわからずに漏れる
□常に漏れている
1から3の質問に対する回答の点数を加えて0から21点で評価し、点数が高いほど重症になります。
手術が行われることもあります
たとえば出産の後遺症による便失禁の場合は、切れてしまった肛門括約筋を縫い合わせる「括約筋形成術」を施して症状を改善していきます。このように、便失禁を外科的な治療で改善することは少なくありません。
2014年4月、「仙骨神経刺激療法」が便失禁の治療法として新たに保険適用となりました。これは骨盤の一部・仙骨の穴に装置を埋め込み、骨盤の神経に電気刺激を与え続けることで肛門括約筋や直腸の近くを取り戻していく手術です。仙骨神経刺激療法は手術を受けた人々の8割に効果が認められ、さらに便失禁の回数が半分に減るため非常に注目を集めています。装置の埋め込みは臀部を数cm切るだけで行え、さらにバッテリーは約10年間保つので、その間再手術を受ける必要がありません。
まずは医師への相談が重要
治療が積極的に行われている海外に対し日本は便失禁治療に機会が限られており、そもそも治療できることがあまり知られていません。もう歳だから仕方ないと諦める方も多いでしょう。しかし、山名氏をはじめとした多くの方々の尽力により、日本でも治療環境が整えられつつあります。だからこそ、便失禁はまず医療機関に相談することが重要です。